はみ肉

むねにくブログ用

最近の思考の経過

書いたけどまとまらなかったり、ツイッタに書いたりしていたので、ご無沙汰しておりました。

今日も今日とて全日の「派閥闘争」の話から始まるのですが、ぼくにとって意外だったのが「派閥闘争」的な図式は以前から、さかのぼれば現体制の発足時から、全日マットにその言葉を用いない形で現れていたものだという認識が共通のものではなかったことで、

言い換えれば「派閥闘争」を拒否する態度が同時に非主流派の主流派への従属を要請することである、という認識がどうもあまり一般的ではないようだぞむむむ、となり、

闘争を拒否する態度が即ちコミュニケーションを拒否する態度であり、それは互いの嗜好や思想、理論の精査や更改を拒否し停滞させ「閉塞感」を生じさせるものなのではないか、と思っている立場の人間としてはひじょうに歯痒い思いをしていました。

で、「派閥闘争」がダメで「世代闘争」がOKというのがどっちも思想や思想とまでは呼べない考えの違いに端を発するものである以上ちょっとよくわからなかったりもするし、そういう疑問が出てくるとおもな関心は闘争一般、あらゆる闘争の共通点の方に移っていくわけです。

闘争一般の性質を明らかにすることでプロレスという概念がその内に含むものについていくらか進んだ考え方のパッケージに到達できるんじゃなかろか、とか夢がどんどん広がっていくし、本を読むのも文を書くのもペースは遅いしアウトプットは未熟だししょっちゅうつっかえてまたつっかえてを延々とやってるけど、いつかはでっかいバッファロー、な気持ちでやろう、と思うとほんのわずかに口角があがる。そびえる壁の高さにめまいはおきるし冷や汗もかくし足もすくむ、けど。

(9/7 題を変更。理由は割と血迷ってるのに軌跡というのも似合わないとおもったから)